Girl! Girl! Girl! 第三章


<第三章 待てば海路の日和がやってきた>


三成のアルバイト開始から3ヶ月余り。吉継の「三成グッズ販売」の真相を解明できぬまま、表面上穏やかに日々は過ぎていく。
三成のアルバイトも順調なようで、本日も有名和菓子店の苺大福だとか、美容によいとか云うハーブティーだとか、お肌しっとり入浴剤のセット(アヒル付)だとか、一部ケーキ店に持ち込みどうよ? と思われる贈り物の山を抱えて帰宅した。
だが、本日はそれだけではなかったのだ。

「左近。吉継からこんなものを貰ったぞ」

そう云って差し出された「マ・シェリー・アンジュ」のロゴ入りの白い封筒には、二枚のチケットが入っていた。

「なんです? 食事会の招待状……ですか」
「うん。お店の常連客を招待してのディナーと新作ケーキの試食会だそうだ。すごいぞ! ホテルの会場を借りるんだって」
「このホテル、織田グループのですね」

チケットに同封されていた案内状には、国内でもセレブ御用達として知られる超有名ホテルの名が記されていた。しかも、夜景が美しいと評判の展望レストランと三つ星を誇るフランス人シェフを借り切っての食事会だという。
豪華なホテル、ロマンティックな夜景に最高級のディナー。誠に美味しいシチュエーションが揃っている。
通常ならば、突然舞い込んできた幸運を喜ぶべきなのだろうが、この招待状の招待主がアレなだけに、左近の心中にある疑念が沸き起こる。


     あり得ない。あの男がこんな美味しいイベントに俺を招待するなどあり得ないッ!!


「三成大好き」な吉継が、あえて恋敵のような左近に塩を送るような真似をするとは到底考えられない。とすると、「こんな美味しいイベントがあるが、貴様は来るな!」というメッセージが暗に込められている可能性がある。
左近は、チケットの端から端を丹念に確認する。じつは小さく端っこの方に「三成限定」とか「大筒来場禁止」などが書かれているのではと思ったのだが、眼を皿のようにしてもそれに類する印字は見当たらない。


     何も書いてない? まさか、本気で普通の招待状……ですか?


謎である。
目を凝らしてじいっとチケットと睨めっこをする左近。「ひょっとして炙り出しか?」などと、古典的なギャグマンガを地でいく手法を取ってみるか真剣に思い悩んでいるところに、三成がちょこんと小首を傾げて、不思議そうに尋ねる。

「どうしたのだ、左近?」
「いえねぇ……三成さんは特別としても、これって女性向けのイベントなんじゃないんですか?」
「いや。俺は常連向けの食事会としか聞いていないぞ」
「日頃から世話になっているという方々って意味なら、おねね様と来て欲しいってとかなんとか云ってたんじゃないですか?」
「それも聞いていない。吉継は『大切な人と来て欲しい』みたいなことを云っていたが……」

左近は三成の返事に「やはり」と口中で呟いた。
吉継は、はっきりと「左近を招待しろ」とは云わなかったのだ。遠巻きに『大切な人』と言葉を濁せば、ひょっとしたらおねね様あたりと来場するかもと期待していたに違いない。
だが、三成が『大切な人』という単語と『2枚のチケット』から導き出した答えは―――――

「……だからな。左近の他に……誰と行けというのだ」

左近にとっては至上の、吉継にとっては最悪の選択となった。
自分が云った言葉の意味が恥ずかしくて、三成の白磁の頬がほんのりと紅潮する。想い合って共に過ごす時間を積み重ねても、三成のこういった初々しいところは変わらない。きっとこの先ずっと変わらないのだろう。
そう思うと押さえようもなく相好が崩れる。
左近は三成の手をそっと曳く。然したる抵抗もなく赤い髪が腕の中に収まると、その桜色に染まった耳朶に囁く。

「それにしても……、いいんですか。こんな華やかな席に俺のようなおじさんが行っても?」
「フン。自分のことをおっさんだなんて思ってもいない癖によく云う。大体、左近なら問題はない。左近は俺にとって……一番大切な……人なんだから……」

そう云って、益々赤くなった頬を膨らませつつ、「しつこいぞ」と睨む琥珀に瞳に左近は笑い返す。その脳裏で三成のアルバイトから始まった一連の事柄を並べつつ、とある結論が導き出されつつあった。

『ル・ジュール・ド・アンジュ』とかいうファンクラブ紛いの会員規約とやらに吉継らしくない「三成グッズ」の販売。特に三成と自分とのラブラブ生写真など、自分が映っている部分に呪いを掛けて灰にして下水に流すくらいのことはしても販売など天地が逆さになっても彼の考えではないだろう。
そして、今回のディナーの招待状。
もし、このディナーの招待が吉継発案による謀略であるなら、なにも『大切な人』などと遠回しな言い方をせずとも「左近さんとおいで♪」と云えばよい。そう云えないのは、吉継の本意ではないからだ。


     なら、今回の件はどなたの発案なんでしょうかねぇ


チラチラと垣間見えていた第三者の影が近づいてくるのがわかる。どうやら、気紛れな幸運の女神は、自分にジョーカーの札を投げて寄越そうとしているらしい。
ディナーの日時まで時間は十分にある。それまでに幸運の女神の前髪を掴まえられるように策を探そう。大丈夫。俺には気紛れな女神よりも強力な天使がついている。

「左近。何をにやついているんだ?」
「あぁ、いえね…………」

クスクスと小さな笑声を上げると、左近は三成の頬のラインをそっと触れる。

「三成さんとのディナー。楽しみですね」

そう云って左近は彼の天使に優しく口付けた。





2008/03/26


「幸運の女神の前髪を掴まえる」というのは、西洋的な言い回しです。
幸運は後からではなく前からやってくるという考えがあるそうで、その所為かギリシャの幸運の女神テュケには、後髪がないと伝えられています。
なので、チャンスを掴むのは女神の前髪を掴まえると言い回すとのこと。
ただ、絵画的には女神様の後頭部がつるっぱげなのはいただけないので、後髪も纏めて前に結っている姿で描かれています。 すいません。日本にはなじみのない言い回しですが、只使ってみたかっただけす(なので解説付き)